一般の高校野球ファンや受験生の間で時に混同されるのが、東東京の都立城東高校野球部と、四国の雄である徳島城東高校野球部の存在です。同じ校名を冠しながらも、それぞれが歩んできた甲子園への道程には明確な個性と文脈の違いが存在します。
都立城東は1999年夏(第81回大会)、帝京や関東一、二松学舎大付といった甲子園常連私学がひしめく東東京大会を勝ち抜き、都立高校としては東東京勢で史上初となる甲子園出場を果たしました。地元・江東区を中心に巻き起こった熱狂は「下町の奇跡」とメディアに大々的に報じられ、2年後の2001年夏(第83回大会)にも再び東東京を制覇。一過性のフロックではないことを自らの実力で証明してみせました。
一方、四国の徳島城東は県内トップクラスの偏差値を誇る進学校として知られ、2026年春(第95回記念選抜大会)に21世紀枠で甲子園初出場を果たしました。部員数10数名という少数精鋭体制の中、ハイスピードカメラや弾道測定器をいち早く部活に導入し、女子マネージャーがノッカーを務めるなど練習の徹底的な分業・効率化を敢行。公立の知性派集団が聖地へ駆け上がった姿は、全国の進学校野球部に大きな勇気を与えました。