長年にわたり盤石な地盤を誇った東京18区(武蔵野市・府中市・小金井市)において、次世代へのバトンタッチを行い一線から退いた決断は、永田町におけるひとつの時代の終焉を象徴していた。権力への執着を見せる長老議員が少なくない中、後進に道を譲りすっぱりと身を引いた姿勢は、独自の潔さとして受け止められた。
引退後も発信力を失うことなく、気候変動対策や核兵器廃絶に向けた言論活動を続けている。永田町の泥臭い政局争いから解放されたことで、かえって「一人の市民活動家」としての原点に立ち返ったとも言える。彼の去り際は、ベテラン政治家の引き際におけるひとつのケーススタディとなった。