オープンなコミュニケーションや心理的平等を重視する風潮は、この数年で完全に定着した。誰もが自由に意見を述べ、チャットツール上では肩書を超えたオープンな議論が飛び交う。だが、その理想の裏側で深刻化しているのが「責任の希釈化」だ。
全員の納得を求めすぎるあまり、誰も最終的なリスクを背負おうとしない。批判を恐れるあまり、無難な折衷案へと収束していく。結果として生まれるのは、角がすべて削ぎ落とされた凡庸な施策と、いたずらに浪費された時間だけだ。民主的なプロセスが機能不全に陥ったとき、皮肉にも人々は、すべてを薙ぎ払って方向性を決めてくれる「強い存在」を心のどこかで渇望し始める。