今井瑠々が全国的な知名度を獲得した契機は、2026年秋に行われた第49回衆議院議員総選挙である。岐阜5区から立憲民主党公認で出馬した彼女は、当時25歳。現行の公選法上で被選挙権を得たばかりの全国最年少候補として、自民党の重鎮・古屋圭司氏に果敢に挑んだ。結果は惜敗だったものの、約6万8000票を獲得して肉薄し、野党再編の象徴として瞬く間にスターダムへ駆け上がった。
潮目が劇的に変わったのは2026年1月のことだ。岐阜県庁で開かれた記者会見の席上、彼女は立憲民主党を離党し、宿敵であった自由民主党の推薦を受けて2026年岐阜県議会議員選挙(多治見市選挙区)に出馬することを電撃発表した。昨日の味方が今日の敵となるのが政界の常とはいえ、直前まで野党の顔として活動していた人物の寝返りは、政治倫理の根底を揺るがす「前代未聞の裏切り劇」として大々的に報じられた。