現在でこそ強い絆で結ばれているデヴィ夫人とカリナ氏ですが、過去には約30年近くに及ぶ深刻な母娘の確執が存在したことは、メディアでも大きく報じられた事実です。
確執の根底にあったのは、1965年のインドネシアクーデター(9・30事件)に伴う過酷な亡命環境でした。スカルノ大統領の失脚後、パリへ身を寄せたデヴィ夫人は、社交界で生き抜くために鉄の意志を持ち、娘に対して妥協のない超スパルタ教育を課しました。「常に完璧であれ」と求める厳格な母に対し、多感な思春期を迎えたカリナ氏は「普通の母親らしい温もり」を求め、激しく反発したと当時の手記で述懐しています。
互いの価値観のズレから長きにわたり心理的な距離が空いていましたが、その冷え切った関係を一変させたのが2006年のキラン氏の誕生でした。
母となったカリナ氏は、自ら子育てを経験することで「かつて母がどれほど過酷な孤独の中で自分を守り育ててくれたか」を痛感。デヴィ夫人もまた、孫という新たな命の誕生によって肩の荷を下ろし、素直な愛情を行使できるようになりました。互いの痛みを許し合った二人は劇的な和解を遂げ、現在ではかけがえのない相談相手となっています。