順風満帆に見えた結婚生活に大きな波紋が広がったのは2015年12月のことでした。写真週刊誌『FRIDAY』により、新藤晴一が全国ツアー先の北海道・札幌で美女と夜の街へ消えていく密会スキャンダルが報じられたのです。当時、長谷川京子側は公にコメントを出さず沈黙を貫き、夫婦関係の修復を選択したと伝えられました。
しかし、関係者の証言や当時の報道動向を追うと、夫婦の心理的溝は時間をかけて徐々に深まっていったことが浮き彫りになります。決定打となったのは、長谷川京子が40代を迎えて迎えた「キャリアと自己表現の転換期」でした。
長谷川京子は2026年にランジェリーブランド「ESS by」を自ら立ち上げ、YouTubeチャンネルの開設や大胆なグラビア写真集の発表など、ひとりの自立した表現者としての活動を加速。家庭に縛られない生き方を模索する過程で、多忙を極める音楽活動を続ける新藤晴一との間に、ライフスタイルや将来設計の根本的な乖離が生じることになりました。
2026年9月には女性週刊誌が「長谷川京子が都内の超高級マンションを借りて子供とともに家を出た」という別居生活をスクープ。そのわずか1ヶ月後の2026年10月29日、双方の所属事務所を通じて正式に離婚が発表されました。
連名の長谷川京子 離婚発表コメントには、13年間の歩みへの感謝とともに、次のような言葉が綴られていました。
「数年前から話し合いを重ね、1年ほど前から別居生活を送りながら、お互いの人生観やこれからの生き方について深く対話を続けてまいりました。その結果、お互いの価値観を尊重し、別々の道を歩むことが最善であるという結論に至りました」