沖縄ソングの定番名曲として不動の地位を築く『島人ぬ宝』ですが、その誕生の裏には、ボーカルの比嘉栄昇氏が抱えていた深刻なプレッシャーと葛藤がありました。
2002年、沖縄本土復帰30周年の記念ソング制作を依頼された際、比嘉氏は「自分は果たして本当に沖縄のことを理解しているのか」という自問自答に直面します。石垣島で生まれ育ち、東京でプロのミュージシャンとして活躍していたものの、島の歴史や伝統文化、自然の動植物について問われたとき、明確に答えられない自分に気づいたと当時のインタビューで率直に明かしています。
そこで比嘉氏が取った行動が、母校である石垣市立石垣第二中学校の後輩たちへのアプローチでした。当時の中学3年生約140名に向けて、「島の好きなところ、誇りに思うこと」をテーマにした作文やアンケートの執筆を依頼したのです。
集まった用紙には、大人が書くような飾られた言葉ではなく、「星の名前はわからないけれど見上げると落ち着く」「教科書には載っていないけれど波の音を知っている」といった、中学生たちの瑞々しく等身大の実感が溢れていました。比嘉氏はそれらの言葉の断片を慈しむように紡ぎ合わせ、ひとつの詞として結晶化させました。クレジットに「作詞:BEGIN」と刻まれている背景には、石垣島の次世代と共に作り上げた共同作業という確固たる事実が存在します。