大塚氏の運命が一変したのは、東日本大震災の発生した年でもある2011年11月のことでした。首のしこりに違和感を覚えて受診したところ、成人の発症例が比較的まれとされる急性リンパ性白血病(ALL)と診断され、即日入院を余儀なくされました。 当時の『めざましテレビ』生放送では電話を通じて視聴者に病状を報告し、「厳しい治療に耐えて、必ず元気に戻ってきます」と力強く宣言。1年近くにおよぶ抗がん剤治療に耐え、2012年10月には一度寛解(かんかい)に至り退院を果たしました。 しかし、病魔は過酷でした。2013年2月にフジテレビの特番へゲスト出演し、翌月からの本格復帰を目前に控えていた矢先、わずか数か月で白血病の再発が判明。再度の緊急入院を強いられることになります。 この再発を受け、大塚氏は自身の造血機能を一度リセットして他者の造血幹細胞を移植する臍帯血(さいたいけつ)移植を決断。自身の著書や当時の手記において、「無菌室の中で天井を見つめながら、激しい吐き気と全身の倦怠感に耐える日々は、まさに生き地獄のようだった」と振り返るほどの過酷な闘病を経て、ドナーの細胞を生着させることに成功しました。
大塚範一の現在2026|白血病闘病の真実と知られざる療養生活
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