京都での過酷な舞台をやり切った大野は、一度は「ダンスを極めたから事務所を辞めよう」と決意していました。しかし、その突出した実力を手放したくない事務所側から「レコーディングを手伝ってほしい」と頼まれます。
スタジオで仮歌を吹き込んだ大野でしたが、そのままハワイへ連れて行かれ、1999年9月に嵐としてのデビュー会見に臨むことになります。同年11月にリリースされた嵐のデビュー曲『A・RA・SHI』では、サビのメインボーカルや伸びやかなフェイクパートを大野がほぼ一人で担当しました。
当時の大野は黒髪サラサラのヘアスタイルに透明感あふれる白い肌、少しアンニュイな表情を浮かべる美少年としてファンを虜にしました。CDジャケットや歌番組の映像では、小柄ながらもキレ味抜群のターンと圧倒的な歌唱力を披露し、新人離れした実力を見せつけました。