この二人の英雄を語る上で欠かせないのが、父であり師匠でもあった先代井筒親方(元関脇・鶴ヶ嶺)と、長男である鶴嶺山の存在です。彼らは角界で井筒三兄弟と呼ばれ、まさに相撲一家として日本中の注目を集めました。
父・鶴ヶ嶺は相撲界屈指の技巧派として鳴らし、「もろ差し名人」として一時代を築いた名力士でした。その厳しい指導のもと、長男の鶴嶺山、次男の逆鉾、三男の寺尾が相次いで角界入りを果たします。長男の鶴嶺山は十両まで昇進し、弟たちの壁となり精神的支柱として部屋をまとめ上げました。
逆鉾と寺尾の兄弟は、土俵上では互いにライバルとして意識し合いながらも、根底では深い信頼と敬意で結ばれていました。寺尾という四股名は、早くに亡くなった母の旧姓から取ったものであり、亡き母への思いと家族の強い絆を土俵で体現し続けた証でもあります。兄弟そろって三役(関脇・小結)に名を連ねた光景は、一家の情熱が結実した歴史的瞬間でした。