大津事件なぜ起きた?津田三蔵の凶行と司法の独立を守った歴史の真実

大津事件なぜ起きた?津田三蔵の凶行と司法の独立を守った歴史の真実

大津事件なぜ起きた?津田三蔵の凶行と司法の独立を守った歴史の真実の疑問点について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。

Q1:ニコライ皇太子を救った日本の人力車夫はどうなりましたか?
A1:津田三蔵を取り押さえた車夫の向畑治三郎と北賀市市太郎の2人は、ロシア政府から勲章と多額の年金(終身年金)を授与され、日本政府からも勲章と報奨金が与えられて一躍「救国の英雄」となりました。しかし、後の日露戦争期にはロシアから年金を受け取っていることへの世間の風当たりが強まるなど、時代の波に翻弄される人生を送ることになりました。

Q2:津田三蔵は判決後どうなったのですか?
A2:無期徒刑の判決を受けた津田三蔵は、北海道の釧路集治監(刑務所)に収容されました。しかし、事件からわずか数か月後の1891年9月29日、急性肺炎(または栄養失調による衰弱)により獄中で病死しました。36歳でした。

Q3:児島惟謙の行動に法的な問題はなかったのですか?
A3:大審院長でありながら自ら担当裁判官ではない裁判に介入し、個別に説得を行った児島の行動は、現代の司法観から見れば「裁判官の独立(個々の裁判官が干渉を受けずに判断すること)」に対する職権乱用や不当な司法行政の介入と評価される側面もあります。しかし、政府首脳による露骨な政治介入という非常事態下において、司法全体の独立を死守するための苦渋の政治的防衛策であったと評価されています。

中村 さくら
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中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。