事件の構造を読み解く鍵は、当時の大奥内部における激しい派閥争いにある。家宣の正室であった天英院(近衛熙子)と、幼少の七代将軍・家継の生母である月光院(勝田輝子)。二人の間には、将軍後継や幕政の主導権を巡る深い溝が存在していた。
月光院の側近として権勢を振るっていた側用人・間部詮房や新井白石による「正徳の治」に対し、幕府譜代大名や天英院派は強い不満を募らせていた。絵島は月光院の右腕として大奥を取り仕切る実力者。すなわち、絵島を失脚させることは、月光院派の勢力を一気に削ぎ落とす決定打を意味していた。
山村座での失態は、反主流派にとって願ってもない好機となった。風紀の乱れを口実に捜査の手は大奥全体に広げられ、月光院派の官僚や奥女中たちが次々と告発されていく。綿密に仕組まれた政治的罠。絵島と生島の密会スキャンダルは、権力闘争の盤上における格好の駒として利用されたのである。