首の右側に突如現れたピンポン球ほどのしこり。当初受診した都内の大病院で告げられた病名は、中咽頭がんのステージ4だった。主治医から提示された選択肢は、外科手術による患部の広範囲切除。それは腫瘍を取り切る代わりに、舌の半分と頸部リンパ節を削ぎ落とし、言葉を話す機能や食事を飲み込む能力を失うことを意味していた。「俳優を辞めなければならないのか」。声なき悲鳴のなかで突きつけられたのは、余命数カ月という非情な宣告だった。
絶望に打ちひしがれる彼を救ったのは、妻の執念に満ちた情報収集だった。身体にメスを入れず、機能を温存しながら治癒を目指す治療法はないのか。連日連夜に及ぶリサーチの末に浮上したのが、福島県郡山市にある総合南東北病院グループだった。標準治療の枠組みだけに囚われず、患者のQOL(生活の質)を最優先に据えた先進医療への挑戦。夫婦は迷うことなく郡山へ向かい、そこで運命の主治医と巡り合うことになる。