日本酒愛好家の間で長年議論され、ネット掲示板やSNSで頻繁に誤解されているのが「純米大吟醸がすべての日本酒の中で最も美味い」という固定観念です。価格が高く、米を削る手間がかかっている酒が、あらゆるシチュエーションにおいて最良であるとは限りません。
第1の盲点は、食事とのペアリング(食中酒としての適性)です。純米大吟醸が放つ強い吟醸香は、脂の乗った肉料理や、醤油・みりんをしっかり使った煮物、あるいは繊細な出汁の風味とぶつかり合うリスクを孕んでいます。料理の香りを酒の香りが上書きしてしまう「香気マスキング」が起きると、食事の美味しさも酒の良さも互いに相殺されてしまいます。純米大吟醸が得意とするのは、白身魚の昆布締めや生牡蠣、フレッシュチーズなどの淡麗な前菜、あるいは酒単体で完結するアペリティフ(食前酒)やディジェスティフ(食後酒)です。
第2の盲点は、温度帯の融通性です。「純米酒なら熱燗にしても美味い」という認識をそのまま純米大吟醸に当てはめるのは危険です。純米大吟醸を50℃近くまで温めると、繊細に計算されたカプロン酸エチルの華やかな香りが一気に揮発し、ツンとしたアルコール臭が鼻を突くようになります。同時に、低温だからこそ引き締まっていた酸味や甘みがだらしなく広がり、バランスが崩壊してしまいます。
スペックや価格のヒエラルキーは、あくまで「製造にかかった原価と技術の手間」を示す指標であり、「万人に共通する味覚の絶対値」ではないという事実を認識しておく必要があります。