ファンの間に大きな衝撃を与えた和牛の解散劇ですが、その決定的な引き金となったのは「漫才に対する純粋主義と熱量の乖離」でした。解散時に発表された双方のコメントでも触れられていた通り、相方・水田信二の度重なる遅刻や舞台への向き合い方に対し、川西側が抱いていた不信感が長年蓄積していたことは周知の事実です。
川西賢志郎という芸人は、年間数百ステージに及ぶ劇場の舞台に立ち続け、1分1秒の間のズレすら許さないストイックな職人肌でした。一方で水田信二はバラエティ番組でのタレント性や料理の腕前を活かしたマルチ展開にも適応し、芸人としての生存戦略に違いが生じていきました。
漫才の出番前に極限まで集中力を高めたい川西と、独自のペースを崩さない水田。劇場関係者の証言によると、「ネタ合わせの段階で会話が途切れる時期があった」とされており、漫才のクオリティを何よりも神聖視していた川西にとって、妥協した状態で舞台に立ち続けることは自らの芸人倫理に反する行為だったと分析されます。不仲という低次元な話ではなく、お互いが目指すプロフェッショナリズムの方向性が完全に分水嶺を迎えた末の決断でした。