船木和喜のスキージャンプ人生は、常に挑戦と開拓の歴史でした。幼少期から北海道余市町のジャンプ台で腕を磨き、北照高校を経て名門・デサントへ入社。1990年代後半には世界の頂点へと駆け上がりました。
特に1998年長野オリンピックでは、個人ラージヒルで審判員全員が20点満点を出すという歴史的快挙を成し遂げて金メダルを獲得。さらに団体ラージヒルでも金メダル、個人ノーマルヒルで銀メダルと、一大会で3つのメダルを獲得する伝説を打ち立てました。
トップ選手が30代半ばで引退することが一般的なスキージャンプ界において、船木和喜は50代を迎えた現在も引退を表明せず、国内公認大会に出場し続けています。葛西紀明とともに「日本のレジェンドジャンパー」として国内外から絶大なリスペクトを集めています。
「なぜそこまでして現役を貫くのか」という問いに対し、船木和喜はメディアの取材で「指導者として上から口で教えるよりも、同じ台の上に立ち、同じ風を感じて飛ぶ姿を見せるほうが、子供たちに圧倒的に伝わる」と語っています。自らジャンパーとして研鑽を積み続けること自体が、最大の育成メソッドであるという信念を貫いているのです。