Q1:赤線と青線は、見た目でどのように区別されていたのですか?
A1:外観において、赤線は「特殊飲食店」の許可を得ていたため、警察の指導に基づくカフェー風の意匠(タイル貼りの柱、丸窓、看板)を備えた比較的整った建物が主流でした。一方の青線は無許可の完全な違法営業であったため、一見すると普通の民家や簡素な木造長屋、飲み屋の奥など、外部から判別しにくい場所に隠れて営業していました。
Q2:なぜ1946年から1958年までの間、売春が半ば公認されていたのですか?
A2:終戦直後の混乱期において、売春を即座に全面禁止すると性犯罪が多発したり、一般市街地に売春が拡散して性病が制御不能になるという警察・行政側の懸念があったためです。特定の区画(赤線)に囲い込むことで、保健所による週1回程度の強制的な性病検診や防犯管理を行いやすくするという統制上の理由から黙認されていました。
Q3:2026年現在でも赤線のカフェー建築を実際に見ることはできますか?
A3:一部の地域で現存していますが、激減しています。東京都墨田区の鳩の街通りや、大阪の旧飛田遊郭周辺、地方都市の旧花街などに当時のモザイクタイルや丸窓を持つ建物が点在しています。ただし、急速な老朽化による解体が進んでいる上、現在は一般個人の住居となっているケースが多いため、見学には細心の注意とマナーが必要です。
Q4:公図に出てくる「赤線」と歓楽街の赤線は関係がありますか?
A4:全く関係がありません。不動産登記・地籍調査における「赤線」は、国有地である公衆用道路(里道)を公図上で赤く着色したことに由来する用語です。歓楽街の赤線は警察の風俗取締地図に赤色鉛筆で境界線を引いたことが語源であり、単なる同名異語です。