公衆衛生史を紐解く上で見落とせないのは、彼女が置かれていた社会的立場だ。1883年にアイルランドからアメリカへ渡った単身の女性移民であったメアリー。当時のニューヨークでは、アイルランド系移民に対する強い偏見と差別が根強く存在していた。
彼女の戦いは、病気そのものだけでなく、社会からの冷ややかな視線との戦いでもあった。裕福な家庭で高給を得られる優れた料理人であった彼女にとって、調理の仕事を奪われることは自立した生活基盤を失うことを意味した。一度は裁判を起こして釈放を勝ち取ったものの、経済的困窮から偽名を使って再び厨房に立ち、再隔離されるという悲劇の連鎖を辿ることとなった。