昆虫界において、蝉の体躯はけっして軽量とは言えない。硬い外骨格と太い胸部を備えたそのボディは、飛行には不向きに思える。しかし、広範な昆虫の飛行メカニズムの研究によれば、彼らは空気の粘性を巧みに利用する「前縁渦」と呼ばれる空気の渦を翅の表面に作り出しているという。
この渦が翼上面の気圧を急激に低下させ、巨大な体を空中へ引き上げる。不器用に見えるあの急発進こそが、鳥などの天敵から間一髪で逃れるための、究極の回避機動だったのだ。観察者の目に映るぎこちなさは、計算し尽くされた生存のための爆発的エネルギー消費の表れであった。