開戦からわずか1か月半。決戦の地となったセダンで、悲劇は絶頂に達した。1870年9月、セダンの戦いにおいてフランス軍は要塞ごと完敗を喫する。降り注ぐ集中砲火のなか退路を完全に断たれたナポレオン3世は、白旗を揚げ、数万の兵とともに捕虜となる未曽有の屈辱を味わった。
この惨劇の陰には、これまで表に出なかった極秘裏話が存在する。指揮を執るべき将軍たちが互いに責任を押し付け合い、軍事電信の寸断によって現場は大混乱に陥っていたのだ。皇帝自身の持病悪化による判断遅れと、錯綜する指示。フランス軍の組織的機能は、セダンの砲声が響く前に実質崩壊していたことが近年の史料解明によって浮き彫りになっている。