南阿蘇での穏やかな生活の背景には、献身的に支え続けた家族(妻や親族)の存在がありました。笠さんはプライベートを過度に公表することはありませんでしたが、闘病を陰ながら支え、音楽活動への復帰を後押しした家族への感謝を度々口にしていました。
逝去後、2026年2月には東京・新宿BLAZEにて「笠浩二 お別れの会」が執り行われました。会場にはトレードマークだったピンクのメガネや愛用のスティック、衣装が展示され、多くのファンや著名人が献花に訪れました。祭壇に飾られた笑顔の写真に対し、涙ながらに別れを告げるファンの姿が会場を埋め尽くしました。
笠さんが生前に録音していた貴重な音源やメモリアルBOX、ベストアルバムなどの遺作は現在も再評価が進んでおり、サブスクリプションサービスやCDを通じて、80年代の熱狂を知らない若い世代のリスナーの間でも新たなファンを生み出し続けています。