モデルとしての実力を認められた大沢は、活動の場を世界へと広げる。アジア人モデルの先駆者としてパリ・コレクション(パリコレ)のランウェイを歩くという快挙を成し遂げたのだ。ヨウジヤマモトなどの名だたるブランドのショーに出演し、世界的な評価を得るに至る。
しかし、その華々しいキャリアの裏で、本人は葛藤を抱えていたという。モデルとしての表現に限界を感じ、次なるステップを模索し始めたのだ。1990年代半ば、彼はモデルとしての絶頂期にありながら、俳優への転身を決意する。周囲からは無謀とも言われた挑戦だったが、この決断がその後の日本映画界に不可欠な名優を生み出すきっかけとなった。