「丙」は火の兄であり、「午」もまた火の属性を持つ。陰陽五行説において激しい火気が重なる「丙午」は、古くから火災が多い年と恐れられてきた。そして江戸時代、この猛火のイメージと一人の少女の悲劇が結びつくことで、邪悪な迷信は一気に民衆の間へ浸透することとなる。
その元凶とされたのが、恋人に会いたい一心で放火事件を起こし、火あぶりの刑に処された「八百屋お七」だ。彼女が丙午の生まれであったという噂がまことしやかに囁かれ、文楽や歌舞伎の演目として大衆化される過程で、「丙午生まれの女性は気性が荒く、男を滅ぼす」という奇怪な言説が社会の共通認識へと捏造されていった。民俗学的なアプローチで見れば、自然災害への恐怖と大衆演劇のスキャンダリズムが複合して生まれた、言わば日本最古級のフェイクニュースだったと言える。