同時代の志士たち――坂本龍馬や高杉晋作、大久保利通らは、こぞって写真を残している。当時はまだ珍しかった写真技術を、彼らは自己プロモーションの道具として、あるいは生きた証として活用した。では、なぜ西郷だけが頑なにレンズを避け続けたのか。
理由は極めて現実的だった。暗殺の危険だ。明治新政府の要職に就き、常に命を狙われる立場にあった西郷にとって、自分の人相書きが世間に出回ることは死を意味した。彼はロマンチストではなく、冷徹な軍事指導者としてのリアリズムを持っていた。顔を隠すことこそが、彼にとって最大の防御策だったのである。