二人の関係性を語る上で避けて通れないのが、岡田ジャパンが本大会直前に行った大改革です。2010年5月、大会開幕まで1カ月を切った段階で、チームは親善試合の連敗によって深刻な機能不全に陥っていました。
岡田武史監督は、中村俊輔を中心としたパスサッカーから、守備ブロックを固めてカウンターを狙う「4-1-4-1(実質的な4-5-1)」へと舵を切り、最前線の1トップに本田圭佑を抜擢。この劇的な戦術変更により、長年日本を牽引してきた中村はスタメンから外れるという残酷な決断が下されました。
メディアは「世代交代に伴う確執の深刻化」を疑いましたが、当時のチーム関係者の証言によると、中村は不満を漏らすどころか、サブ組の練習を率先して盛り上げ、カメルーン戦やデンマーク戦でゴールを決めた本田をベンチから真っ先に称えました。エースの座を奪う側と奪われる側という極限の状況下で、双方が見せたのは「日本代表の勝利」を最優先にする徹底したプロフェッショナリズムでした。