池元というキャラクターの醜悪さと切なさを同時に表現した國村隼の演技は、世界的な評価を受けるにふさわしい凄みを帯びていた。自分の手を汚さず、甘い蜜だけを吸おうとする狡猾な目つき。しかし、本家の威圧の前には蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。この極端な二面性を見事に演じ分けたことで、観客は恐怖と呆れ、そしてどこか哀愁すら感じるのだ。
北野武監督が仕掛けた演出の罠は、従来のヤクザ映画によく見られた「任侠道」の美化を徹底的に排除した点にある。かつての邦画界を彩った義理や情けは一切通用しない。そこにあるのは純粋な損得勘定と、裏切りが裏切りを呼ぶ暗黒の連鎖だ。静寂から一転して炸裂する突発的な暴力と、乾いたユーモアの対比が、見る者の神経を削っていく。