本作にまつわる言説の中には、アニメ制作の構造を知らないがゆえの誤解も一部で見受けられます。制作現場の実情に照らし合わせて、これらの盲点を正しく紐解きます。
誤解1:「CGアニメは口パク(リップシンク)を合わせるのが簡単だからプレスコにしたのか?」
ネット掲示板などで散見される「CGだから声に口を合わせる作業が手抜きできる」という言説は、現場の過酷な制作実態とは真逆の誤解です。
プレスコは通常のアフレコに比べて、スケジュール管理と制作コストの面で極めてリスクの高い手法です。声の収録が完了しなければアニメーターは本制作に入ることができず、後からの尺の変更も容易ではありません。ポリゴン・ピクチュアズは、声優陣が残したアドリブの息遣いや沈黙のミリ秒単位の間をそのまま生かすため、手作業でフェイシャルリグ(表情の制御点)を細かく調整しています。工数を削減するためではなく、「声優の生身の呼吸を映像の核に据える」という純粋な表現欲求のために莫大な労力を投じたのが真相です。
誤解2:「なぜTVアニメではプレスコが主流にならないのか?」
『亜人』でこれほどの成功を収めたプレスコですが、日本のTVアニメ界全体で見れば依然として少数派にとどまっています。その理由は、日本の制作委員会方式におけるタイトな納期スケジュールにあります。
プレスコを成立させるには、放送開始の1年以上前から全話数の脚本が完全に完成していなければなりません。『亜人』は劇場版3部作という強固なバジェットと長期的な制作期間が担保されていたからこそ実現できたのであり、深夜アニメの構造上、誰もが簡単に模倣できるシステムではないという限界があります。