安藤和津の母・荻野昌子の波乱人生|犬養毅との関係と12年介護の真相

安藤和津の母・荻野昌子の波乱人生|犬養毅との関係と12年介護の真相

安藤和津の母・荻野昌子の波乱人生|犬養毅との関係と12年介護の真相にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

安藤和津の母親である荻野昌子とは、一体どのような女性だったのでしょうか。彼女の足跡を辿ると、昭和という激動の時代を自らの才覚で生き抜いた一人の女性実業家の姿が浮かび上がります。昌子は東京・新橋で政財界の重鎮たちが夜な夜な集う名門料亭「小照(こしょう)」を経営する女将として、華やかな花柳界で名を馳せていました。

ネット上や巷間では長年、「安藤和津は犬養毅の隠し子ではないか」という噂が根強く語られてきました。しかし、歴史的事実を検証すると世代の混同が生じています。五・一五事件で凶弾に倒れた第29代内閣総理大臣・犬養毅が実父なのではなく、毅の三男であり法務大臣や小説家を務めた犬養健(いぬかい たける)こそが、安藤和津の実父です。すなわち、安藤和津にとって犬養毅は「実の祖父」にあたります。

当時、犬養健には本妻がいたため、料亭の女将であった荻野昌子との関係はいわゆる愛人関係であり、1948年に昌子が出産した安藤和津は法的には「非嫡出子」という複雑な境遇でした。学習院に通い、上流階級の令嬢たちと同じ環境で育てられながらも、世間に対しては父の存在を隠し通さなければならない二重生活。母・昌子は娘に最高の教育と不自由のない暮らしを与えようと奮闘する一方で、その存在そのものが日陰の身であるという拭いがたい劣等感と孤独を幼心に植え付けることになりました。

この特異な生い立ちと家系図は、後に娘である安藤桃子や安藤サクラへと受け継がれます。安藤サクラから見れば、荻野昌子は母方の祖母であり、犬養健は曾祖父、犬養毅は高祖父にあたるという、まさに日本近現代史の表と裏が交錯する圧倒的な血統です。しかし、豪胆で気位が高く、何事も完璧を求めた母・昌子の存在は、成長した安藤和津の人生に長きにわたり巨大な影を落とし続けることになります。

渡辺 美咲
Author

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。