1971年のタイガース解散後、沢田研二、萩原健一(ザ・テンプターズ)、大野克夫(ザ・スパイダース)らと共に結成したスーパーグループ「PYG」は、商業的成功以上に本物のロックを追究したバンドでした。しかし、当時のロックファンからは「元アイドルGSの寄り合い」と偏見を持たれ、客席からトマトを投げつけられるなど過酷な逆風に晒されます。
その後、沢田研二のソロ活動を支えるバックバンド「井上堯之バンド」でベースを弾き続けていた岸部一徳に、人生の大きな転機が訪れます。1975年、沢田が主演を務めたTBS系ドラマ『悪魔のようなあいつ』に、音楽担当兼出演者として参加したことでした。
この作品を手掛けた名プロデューサー・久世光彦が、岸部一徳の持つ「独特の間合い」と「寡黙な中に潜む狂気・哀哀さ」を高く評価。「音楽を辞めて役者をやらないか」と強く口説いたと伝えられています。当時のインタビューや後年の回想録によると、岸部自身も30歳を手前にして音楽家としてのキャリアに限界や葛藤を感じており、「新しい表現の場に飛び込んでみたい」という覚悟を持って本名・岸部修三から芸名「岸部一徳」へと改名、1970年代後半に本格的な役者の道を歩み始めました。