51歳での突然の得度は、当時多くの人々に衝撃を与えた。世俗を捨てて清らかな世界へ逃れたと解釈されがちだったこの決断について、近年整理が進められた未公開の手記や書簡、そして親しい関係者の証言からは、まったく異なる光景が浮かび上がってくる。
そこに記されていたのは、諦念ではなく「生き切るための選択」だった。愛憎劇や創作への渇望に引き裂かれそうになりながら、彼女は自らの業(ごう)から逃げるのではなく、その業を丸ごと引き受けて昇華させるために剃髪したのだ。俗世の欲望を無理に断ち切るのではなく、人間の弱さや醜さをそのまま肯定する姿勢こそが、のちに無数の信徒や読者を救う懐の深さへと結実していった。