渡哲也さんの家庭環境を正しく把握するためには、まずその基本となる渡哲也の家族構成を整理しておく必要があります。家庭内における渡さんは、画面で見せる苛烈な刑事役やヤクザ役とは対極にある、穏やかで誠実な家長でした。
1969年、渡さんは青山学院大学時代の同級生であった妻・俊子さんと結婚しました。俊子夫人は一般女性であり、人気絶頂期にあった渡さんを陰から献身的に支え続けた人物です。渡さんが若き日に直面した石原プロの巨額負債や、度重なる大病(直腸がん、肺気腫、急性心筋梗塞など)に見舞われた際も、俊子夫人は取り乱すことなく看病と家庭の切り盛りに専念しました。渡さんは当時のインタビューや関係者への私信において、妻への深い感謝を「俊子には苦労ばかりかけて頭が上がらない」と折に触れて語っています。
夫妻の間には、1970年代半ばに誕生した一人息子がいます。この長男もまた、芸能界とは完全に無縁の一般人として育てられました。学生時代は青山学院中等部・高等部から大学へと進み、屈強な体躯を活かしてラグビー選手として活躍。渡さん自身も青山学院大学の空手部出身で武道に秀でていたことから、スポーツに打ち込む息子の姿を温かく見守り、多忙なロケの合間を縫って試合の応援に駆けつける姿が当時目撃されていました。
また、渡哲也の家系図を語る上で欠かせないのが、実弟であり日本を代表する名優のひとりであった渡瀬恒彦さんの存在です。兵庫県淡路島で育った兄弟は非常に仲が良く、お互いの演技論を尊重し合う間柄でした。渡瀬恒彦さんも2017年3月に胆嚢がんで旅立っており、渡哲也一族の直系男子は、渡哲也さんの長男とその子どもたち(孫世代)へと静かに受け継がれています。