彼の原点を語る上で、1970年代から80年代にかけて空前のブームを巻き起こした伝説の番組『8時だョ!全員集合』を外すことはできない。志村は若くして『ザ・ドリフターズ』の正式メンバーとなり、圧倒的なスピード感と体を張ったアクションで一躍人気者となった。
当時の生放送という過酷な環境は、狂気とも言える熱気に満ちていた。毎週組み立てられる巨大なセット、本物の爆破、そして観客の生々しい歓声と悲鳴。その渦中で志村は、志村けんという稀代のコメディアンとしての感性を研ぎ澄ませていく。「東村山音頭」や「ヒゲダンス」など、次々と生み出される流行語と動作。それらはすべて、生放送のステージで観客の生の反応を見つめ続けたからこそ生まれた結晶だった。
先輩メンバーからの厳しい指導とプレッシャーの中、志村は常に「次の一手」を模索していた。舞台袖で見せる真剣な目つきと、ステージに立った瞬間の弾けるような笑顔。ドリフ時代に培われた圧倒的なテンポ感と身体性の高さが、後の「アイーン」を生み出す揺るぎない土台となった。