離婚成立当初、長女の親権は才賀紀左衛門が持っていました。しかし、あびる優は納得せず、2026年1月に東京家庭裁判所へ「親権者変更および子どもの引き渡し」を求める審判と保全処分を申し立てます。
家庭裁判所における綿密な調査官の調査を経て、事態は大きく動きました。2026年2月、東京家裁はあびる優への親権変更と引き渡しを認める決定を下します。才賀側は即時抗告して徹底抗戦の構えを見せましたが、同年4月、東京高裁は才賀側の抗告を棄却し、あびる優への親権変更決定が確定しました。日本の司法において、一度父親側に渡った親権が高裁で母親側へ覆る事例は極めて異例の展開でした。
高裁での確定判決を受け、法的には「あびる優が唯一の正当な親権者・監護権者」となりました。しかし、現実は司法の命令通りには進みませんでした。才賀側は「娘本人が母親の元へ行くことを頑なに拒否している」と主張し、子どもの引き渡しを徹底して拒否。執行官を伴う直接強制も不発に終わり、裁判所が命じた間接強制金の支払い命令すら無視されるなど、「司法判断が下りても実力で子どもを抱え込めば奪還できない」という日本の民事執行法の致命的な欠陥が露呈することとなったのです。