その突破口として登場したのが、京都大学数理解析研究所の望月新一教授が考案した「宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)」である。望月教授は、従来の数学の枠組み(ひとつの「宇宙」)の中では足し算と掛け算を分離できないと考えた。ならばどうするか。複数の異なる「数学の宇宙」を用意し、それらの間を接続するというSFのようなアイデアを実行に移したのだ。
この理論の核心は、各宇宙で独立して定義された数学的対象を「復元」し、宇宙を超えて情報を伝達するシステムにある。足し算の構造を一度解体し、掛け算の構造だけを安全に別の宇宙へ引っ越しさせる。この途方性のある操作を可能にするため、望月教授は膨大な独自の用語や記号、概念を新造した。そのため、世界トップクラスの代数幾何学者であっても、論文の全体像を把握するまでに数年単位の歳月を要することとなった。