創業者の長男である盛田英夫は、ソニー本社の経営中枢ではなく、ファミリールーツの資産管理企業である株式会社レイケイの運営を担う道を選んだ。彼が目指したのは、父のカリスマ性に頼らない独自のビジネス帝国の構築だった。そしてその野心が注ぎ込まれたのが、新潟県で進められた巨大スキーリゾート、アライ・マウンテン・リゾート開発事業だった。
極上のパウダースノーと高級ホテルを組み合わせたこのプロジェクトは、バブル経済の余韻とインバウンド需要の先取りを狙った壮大な構想だった。しかし、膨大な建設費と運用コスト、そしてバブル崩壊後の急速な需要悪化が致命傷となる。最終的に負債額は数千億円規模へと膨らみ、事業は破綻。資金繰りを維持するために、一族が保有していた多額のソニー株式が売却・差し押さえられる事態へ追い込まれた。名門・盛田家の栄華を支えた資産の大部分が瓦解した瞬間であった。