この狂気の晩年を語る上で欠かせない存在が、娘の葛飾応為(お栄)だ。父と同じく絵筆に憑りつかれ、離縁されて実家に戻った彼女は、北斎の最晩年を支える唯一無二の助手であり、強烈なライバルでもあった。
応為が描く圧倒的な陰影表現と妖艶な色彩感覚は、父の晩年作に決定的な変容をもたらした。「光と影の魔術」と称される彼女の技術は、北斎のダイナミックな骨法と融合し、父娘の合作とも言える奇跡的な肉筆画を数多く生み出した。散らかり放題の部屋で、食事も作らず、ただ二人で無言のまま絵筆を動かし続けた年月。そこにあったのは家族愛という生易しい感情ではなく、美の深淵を覗き込む者同士の、鬼気迫る共犯関係だった。