演技力の基礎は、1970年代から80年代にかけての過酷な撮影現場で培われた。劇団「転形劇場」での実験的な演劇活動を経て、彼は年間何本ものピンク映画や『Vシネマ』に出演。低予算かつ過密スケジュールという過酷な環境下で、与えられた役柄を一瞬でモノにする度胸と瞬発力を身につけていった。
この長い下積み時代を支え、後に世界へと躍進する舞台を整えたのが、所属事務所の「株式会社ザズウ」だ。個性派俳優を多く抱える同社の伴走によって、自らの個性を殺すことなく、変幻自在なアクターとしての地位を確固たるものにしていった。「依頼された仕事は断らない」というスタンスは、どんな泥臭い現場も自らの血肉に変えてきた自負があったからにほかならない。