国際政治の舞台において、彼の存在は常に予測不能なボラティリティを孕んでいた。1989年に盛田昭夫との共著として出版された『「NO」と言える日本』は、バブル経済の頂点にあった日本社会のナショナリズムを痛快に刺激し、同時にアメリカの政財界を震撼させた。対米従属からの脱却を叫ぶその威勢の良さは、冷戦末期の混沌とした世界秩序の中で、一風変わった異彩を放っていた。
しかし、決定的な地殻変動を引き起こしたのは2012年、ワシントンで行われた講演での「東京都による尖閣諸島買い取り構想」の発言だ。国家の外交方針を地方自治体の首長が一瞬にしてハイジャックした瞬間であった。このパフォーマンスが引き金となり、当時の民主党政権は島々の国有化を余儀なくされ、日中関係は冷戦後最悪の氷河期へと突入した。2026年の今、緊張を極める東アジアの安全保障環境を振り返るとき、あの時彼が投げ込んだ一石の波紋の大きさに、外交専門家たちはいま改めて息を呑む。