1982年、愛媛県松山市で起きた凄惨な事件は、ひとつの家庭を根底から破壊した。同僚ホステスを殺害し、身の回りの家具を根こそぎ奪って逃走した福田和子。彼女には当時、4人の子供がいた。事件直後、捜査の網を掻い潜るために幼い子どもたちを置き去りにして姿を消した母の行動は、幼心に消えることのない深い傷を刻みつけた。
母親でありながら、日本中から追われる殺人犯。当時十代だった長男にとって、その事実は受け止めきれるものではなかった。学校や近所からの容赦ない偏見に晒され、「犯罪者の子」という重圧に押し潰されそうになりながら、彼は成長を余儀なくされたのだ。