朝潮太郎の指導者人生において、最も光り輝き、かつ最も苦闘に満ちていたのが朝青龍と朝潮の関係性です。モンゴルから来日した若き日のドルゴルスレン・ダグワドルジ青年の規格外の才能を見抜き、入門からわずか2年余りで関取、そして平成の第68代横綱へと育て上げた手腕は相撲史に残る金字塔でした。
しかし、朝青龍はその圧倒的な強さとともに、土俵外での奔放な言動や数々の騒動でも世間を騒がせました。サッカー事件や一般人とのトラブルなど、騒動が持ち上がるたびに高砂親方として矢面に立ち、日本相撲協会の理事会や無数の報道陣の前で頭を下げ続けたのが長岡氏でした。メディアからは時に「猛獣使い」「弟子に甘すぎる」と厳しいバッシングを受けることもありましたが、親方は決して愛弟子を見捨てることはありませんでした。
当時の特番インタビューや自著・手記において、長岡氏は次のような趣旨の告白を残しています。
「あいつの相撲にかける情熱と孤独は誰よりも私が知っている。世間がどれだけ批判しようと、師匠である私が信じてやらなければ、あいつは日本で生きていけない」
この言葉通り、長岡氏が実践していたのは管理や統制による支配ではなく、欠点も含めて弟子の全人格を受け止める親心でした。朝青龍もまた、恩師の訃報に接した際にはSNSや追悼会で号泣し、「師匠がいなければ今の自分は絶対に存在しなかった。日本のお父さんだった」と魂の底からの感謝を吐露しています。外からは見えにくかった師弟の真の絆は、長岡氏の底知れない人間的器量によって支えられていたのです。