劇場公開当時や幼少期の鑑賞体験では、母親を亡くした幼い兄妹を冷遇するおばさんはまさに「絶対的な悪者」として映りました。しかし、社会に出て自ら生計を立て、家庭や組織を守る立場を経験した大人の視点に立つと、状況はまったく違って見えてきます。
火垂るの墓のおばさんが正論だと支持される最大の要因は、彼女が「理不尽に意地悪をしていたわけではない」という点です。おばさんが清太に投げかけた言葉を振り返ると、そのほとんどが共同生活を維持するための正当な苦言でした。
「お国のために働いている人に優先してご飯を出すのは当たり前」「昼間からブラブラしていないで、少しは勉強するか家の手伝いをしなさい」――これらは戦時下の非常事態において、居候を受け入れた家長として至極真っ当な要求です。ネット上では「自分がおばさんの立場なら、親戚とはいえ働かず家事も手伝わない居候に同じ態度を取ってしまう」「むしろ火垂るの墓のおばさんはかわいそうな被害者側ではないか」という擁護意見が圧倒的多数を占めるようになっています。