1994年、乙羽信子は末期がんに冒されながら、新藤兼人監督作『午後の遺言状』の撮影に臨んだ。余命宣告を受け、激しい痛みに襲われながらも、彼女は周囲に病状を悟らせまいと毅然とした態度でカメラの前に立ち続けた。長野の美しい山荘を舞台に、老いと生と死をユーモアを交えて描いた本作は、彼女の命を削った最後の輝きとなった。
撮影終了後、映画の完成と公開を待たずして彼女は息を引き取った。第19回日本アカデミー賞において、乙羽信子は最優秀助演女優賞を受賞。授賞式の壇上で涙を堪えながらトロフィーを受け取った新藤兼人の姿は、半世紀に及んだ二人の共同作業の壮絶な幕引きとして、多くの映画人の記憶に刻まれている。