事業がピークを迎えても、稲本健一の足が止まることはない。2017年、彼はゼットンの会長職を退任する。外食業界に衝撃が走った。長年自らの手で育んだ城を離れ、同業であり盟友でもある松村厚久率いる株式会社DDホールディングスの取締役兼統括CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)へと就任したのだ。
グループ全体のクリエイティブを統括する立場として、稲本は多角的なブランド群の再設計や事業シナジーの創出を推進した。個性がぶつかり合うエンターテインメント集団の中で、彼の持つ洗練されたデザインセンスと冷徹なまでの空間把握能力は遺憾なく発揮された。
しかし、挑戦者は止まらない。2021年、DDホールディングスの役員を辞任すると、自ら「アロハラボ」を設立。ハワイと日本を行き来しながら、ライフスタイル、飲食、カルチャーを融合させた新たなグローバルビジネスの模索を始めた。
「時代が変われば、人が求める場所も変わる。大切なのは、自分自身が常に街の風を感じ、変化を面白がれるかどうかだ」
彼を知る関係者は異口同音に語る。稲本は経営者である前に、常に時代の空気を敏感に吸い込むトップクリエイターなのだと。