先代錣山親方を語る上で欠かせないのが、名門「井筒部屋」の血筋と、大相撲史に燦然と輝く「井筒三兄弟」の存在です。父は元関脇・鶴ヶ嶺(先代井筒親方)。その三男として生まれた好文少年は、長男の元十両・鶴嶺山、次男の元関脇・逆鉾(元井筒親方、2019年没)とともに角界入りを果たし、三兄弟全員が関取へ昇進するという前人未到の快挙を成し遂げました。
1979年(昭和54年)夏場所の初土俵から2002年(平成14年)秋場所の引退まで、23年間にわたる現役生活で積み上げた記録は驚異的です。幕内通算出場1406回(歴代4位)、通算出場1795回(歴代5位)、幕内連続出場1063回(歴代6位)を誇り、まさに「平成の鉄人」と呼ばれるにふさわしい実績を残しました。110kg前後の軽量でありながら、鍛え抜かれた筋肉と天性の反射神経から繰り出される回転の速い突っ張り、鋭いいなしは、小錦や曙といった200kgを超える巨漢力士たちを幾度となく土俵に這わせ、ファンを熱狂させました。
引退後、年寄・錣山を襲名した先代親方は、2004年に井筒部屋から独立して東京都江東区清澄に「錣山部屋」を創設。伝統的な相撲部屋の封建的な慣習を排し、近代的なウェイトトレーニングの導入や、力士一人ひとりの適性に合わせた個別指導を実践するなど、角界の育成システムに革新をもたらしました。