映画館がハッテン場と呼ばれるようになった発端を紐解くには、昭和から平成初期における社会状況と劇場の構造的特徴を理解する必要があります。当時、同性愛者が自身のセクシャリティを公に表現することは極めて困難であり、当事者同士が出会うための「安全かつ匿名性の高い場所」が都市空間の中に求められていました。
その受け皿となったのが、主に成人映画館(ピンク映画館)や一部の旧作上映館でした。映画館ハッテン場の歴史において、成人映画館が選ばれた理由には以下の物理的・構造的要因が存在します。
- 暗闇と死角の存在:場内が暗転し、座席の間隔や配置によって他者の視線を遮ることができる環境。
- 入替なし・低料金の興行形態:昭和の成人映画館は「2本立て」「3本立て」を朝から晩まで入替なしで上映しており、1枚のチケット(千数百円程度)で何時間も滞在可能だったこと。
- 成人向けコンテンツの性質:上映作品自体が性的描写を含むため、館内全体に性的な雰囲気への許容度(アノニミティと寛容さ)が漂っていたこと。
- 観客の少なさ:ビデオテープやDVDの普及に伴い一般客が減少したことで、館内に空席が目立ち、周囲を気にせず行動しやすいスペースが生じたこと。
1970年代から1990年代にかけては、当時の専門雑誌(『薔薇族』『さむそん』など)の文通欄や掲示板、あるいは当事者間の口コミを通じて、「どこの劇場のどの列が出会いのポイントか」といった情報が共有されていました。インターネット以前の時代、映画館は一種のアンダーグラウンドな情報ハブとして機能していた側面があります。