カンニング竹山の相方・中島忠幸の真実|闘病の軌跡と解散しない理由

カンニング竹山の相方・中島忠幸の真実|闘病の軌跡と解散しない理由

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相方が他界した際、多くのお笑いコンビは「解散」を選択するか、あるいは個人名のみでのピン活動へ移行するのが通例です。しかし、竹山さんは中島さんが逝去した後もコンビを解散することなく、芸名に「カンニング」の屋号を冠したカンニング竹山として活動を続けています。

この決断の背景には、所属事務所であるサンミュージック企画の創業者・故相澤秀禎会長の深い温情と、竹山さん自身の揺るぎない矜持がありました。

中島さんが亡くなった直後、竹山さんは事務所幹部と今後の活動について協議しました。その際、相澤会長をはじめとする事務所側は「中島がいたからこそ今の竹山がある。カンニングという名前を捨ててはいけない」と背中を押したと伝えられています。竹山さん自身も、自著や特別番組のインタビューの中で次のように語っています。

「解散届を出して俺がただの『竹山隆範』に戻ってしまったら、世の中から中島という男が芸人として存在した証拠が消えてしまう。俺が『カンニング竹山』と名乗り続けてテレビに出ている限り、エンドロールにカンニングの名前が残る。視聴者も『そういえば中島っていう相方がいたな』と思い出してくれる。それが、あいつに対する俺の唯一の供養であり義務なんです」

彼にとって「カンニング」を名乗ることは、過去への執着ではなく、今もなお相方と共にステージに立ち続けているという宣誓にほかなりません。

林 結菜
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林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。