ドラマを視聴した多くの人が検索するのが「俊子は実在したのか」という疑問です。結論から言うと、俊子のモデルとなった女性・秋山タキは実在しました。ただし、ドラマで描かれたような「修行前に婿入りして離婚、帰国後に再婚」という波乱の夫婦関係はフィクションの要素が多く含まれています。
史実では、徳蔵がヨーロッパ留学から帰国し、皇室の主厨長への就任が決まった1913年(大正2年)頃に秋山家の養子となり、タキと正式に結婚しました。徳蔵が「秋山」姓を名乗っているのは、タキの実家である秋山家の籍に入ったためです。
タキは非常に芯の強い女性で、血気盛んで短気な徳蔵を家庭内から支え続けました。しかし、1923年(大正12年)の関東大震災の混乱期に病に倒れ、結核により若くしてこの世を去ってしまいます。当時残された3人の幼子を前に、徳蔵は深い悲嘆に暮れたと手記に書き残しています。
その後、徳蔵は家庭を維持するため、タキの死後に岸本幾代という女性と再婚しました。幾代もまた徳蔵の職人気質を深く理解し、晩年まで彼を支え続けました。2015年ドラマ版で黒木華が演じた俊子は、先妻タキの献身的な愛と後妻幾代の包容力をひとつのキャラクターに昇華させた、制作陣による奇跡的なオマージュだったと言えます。