華やかに見えた女給たちの生活ですが、その経済基盤は極めてシビアでした。多くのカフェーにおいて、店側から支払われる固定給は名目上も実質上も「ゼロ」でした。それどころか、店に対してエプロンのクリーニング代や食器破損の積立金、席料(リネン代など)を支払うシステムすら存在していたのです。
彼女たちの収入源は、客から直接手渡される「チップ(心づけ)」のみでした。そのため、稼ぎは個人の美貌、会話術、客あしらいの巧拙に完全に左右されました。
当時の金銭感覚で比較すると、その格差は歴然としています。大正末期から昭和初期における大学卒の初任給や官僚の月給が50円〜60円程度、小学校教員の給料が40円前後だった時代に、売れっ子女給は月収200円〜500円、トップクラスともなれば1,000円超を稼ぎ出していました。官僚の年収をわずか1〜2ヶ月で稼ぐ女給が存在した一方で、客がつかない新人は日々の食事にも事欠き、借金を背負って店に縛り付けられるという、極端な格差社会が形成されていたのです。