彼女のキャリアの原点は、長年過ごしたラジオの生放送スタジオにある。エフエム仙台(Date fm)の顔として、朝や夕方のリスナーに声を届け続けた日々。市民のささやかな日常の悩みや地域の課題に耳を傾けるなかで、言葉の影響力とメディアの限界を身をもって感じていたという。
アナウンサーとして約20年にわたり現場に立ち続けた経験は、単なる職歴にとどまらない。マイクを通じて街の声を聞き取ってきた習慣こそが、のちに政治家・石垣のり子を形作る最大のバックボーンとなった。スタジオから街頭へ。伝える側から動かす側への転身は、彼女にとってごく自然な決断だったのかもしれない。