枝野氏の政治的ルーツは、その高い学歴と青年期の法曹活動にあります。栃木県立宇都宮高等学校を経て、難関である東北大学法学部へ進学。大学在学中から司法試験の勉強に励み、卒業後の1988年、24歳の若さで見事に司法試験に合格しました。司法修習を経て弁護士登録を行い、弱者の権利擁護や労働問題などに向き合ってきた経験が、後の政治信条の土台となっています。
政界入りの契機となったのは、1993年の第40回衆議院議員総選挙です。日本新党の公認候補として初当選を果たし、当時29歳の若手代議士としてスタートを切りました。その名を一躍全国に知らしめたのが、1996年の「薬害エイズ問題」における真相究明チームでの活躍です。厚生省(当時)が隠蔽していた内部文書の発見と公表に深く関わり、官僚組織の不正を粘り強く暴く姿勢は国民から絶大な支持を集めました。